大山遭難事故に想う          

2006・11/25〜26日、万葉の山旅に総勢41人の賑やかで楽しい山旅が何の事故もなく予定通りの行程で終えた。

高円山の山頂近く大文字焼きの広場の「火床」からは眺望も良く、若草山、生駒山が一望で、奈良盆地が雄大に拡がり思わず深呼吸した。私にとって万葉の時代の歴史が難解の理由の一つは人の名前が覚え難いからでもあるが、歴史とは、時間と場所と境遇の差はあれ、縁あってこの世に人間として生を受け、天より与えられた時間内の舞台で舞い踊り、寿命をまっとうした生き様の結果と思う。その深さや規模の違いこそあれ、私達、名も無き庶民の生き様も立派な歴史である。

今、福山山岳会の歴史を重ね併せると、90年近い歴史の中で延べ数千人の会員の皆さんが、何らかの因が有り、何らかの縁で入会し、何らかの果で退会する繰り返しが延々と続き、将来に亘って延々と続くと思うのです。これは立派な歴史です。

会誌「はいまつ」の歴史を考える時、私は今回「はいまつ」編集に携わっていますが、過去の「はいまつ編集に携わった方々」の労苦を身に染みて実感し襟を正す思いです。

また、福山山岳会の歴史資料に目を通していると、大先輩の金山さんや小土井さん、萩原さん達が颯爽と厳しい山行のリーダーされている姿が甦りますし、それぞれの諸先輩方が野山を闊歩されている姿も甦ります。

目頭が熱くなるような記録も有ります。あの忌まわしき大山の遭難事故の時、遭難した仲間を一日でも一時間でも早く救い出そう! 一秒でも早く冷たい雪の中から見つけ出してあげよう! 早く自分達の仲間を助けよう! 唯々、その一心で我が身、我が生活を打ち捨て、雪の大山に何日も泊りがけで奮闘した方々の記録も残されています。

その中のごく一部を紹介させて下さい。

友人であり山仲間でもあり山の先輩でもあり、今回、万葉の山旅のサブリーダーを勤めて頂きお世話になった三好行平氏が「我が人生観が変わった」「何度読んでも涙が溢れる」と言う文章です。遭難事故から約半年後、追悼式で閉会の挨拶をされた福原不二雄、第10代(現)福山山岳会会長の言葉の一部を抜粋しました。(以下、原文のまヽ)

今度の遭難事故は誠に不幸な出来事であり痛恨の極みであります。福山山岳会、初代会長中木正雄氏藤井与一右衛門氏をはじめ我福山山岳会75年の歴史に燦然と輝く諸先輩の巨星達に申し上げます。

何よりも安全登山を心掛けた我会の歴史を汚し、親に先立つ不らちな若造共を叱りたまえ、一喝されよ、されど彼等は社会においても立派な仕事で貢献し、こよなく山を愛し山に命をかけ、最後の最後まで懸命に生きた素晴しき後輩達ゆえ、何卒許したまえ。乞い願くは天に在りても、彼等を栄光ある我山岳会諸先輩の列に加えよ。何卒彼等を守りたまえ、導きたまえ。

本日ここに集いし会員、岳友一同、伏してお願い申し上げます。
佐伯さん、村上さん、佐藤さん、小宮さん我々は貴方達との楽しい山行を忘れません、
山に全身全霊を打ちこんだ素晴しき仲間のことを忘れません

貴方達の尊い犠牲をもって示された教訓を忘れません

今後共、一層安全登山に努めることを誓います、安らかにお眠り下さい。
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