五剣山           

先日(3/5)例会山行の五剣山に参加した。いい所へ連れて行って頂いた。小豆島出身の私は中学時代の三年間、木造校舎の二階の窓から五剣山を見て過した。複数の小学校が土庄町の中学校へ編入される関係で家からは遠く、行動半径の狭かった当時は五剣山の存在を知らなかった。

初めて見る屋島の横の変な山は、牛の頭を横から見るような感じで、子供だった私の眼には何とも奇妙に見えた。何故、あの山が「五剣山」と呼ばれるのかも不思議だった。どう見ても「五本の剣」でなく「牛の頭」だと思った。授業中、ボサーとして、ろくに勉強もせず眺めて過した遠い昔の三年間が懐かしい。

中学卒業後、島を離れる事になり集団就職船に乗って大阪へ向かった。就職組全員は島から離れるのは修学旅行以来で無邪気に騒ぎながらも、大阪へ着いたら離れ離れになる心細さ寂しさ、見ず知らずの所で住み込みする事の不安・・女子達はセーラー服姿のまま、出航前から泣いていた。次第に皆涙ぐむ。

私も不安で一杯だった。「クリーニング屋へ行ってナンすんじゃろか」「ほんまに月給が三千円も貰えるんじゃろか」。甲板でデッキに寄りかかり、屋島と牛の頭をボサーと眺め続けていた遠い昔が懐かしい。

サテ、八栗寺から見上げた「五剣山」は・・・なるほど「五本の剣」であった。あの懐かしい牛の頭は何処へ隠れたか!しかしこれは確かに五本の剣だ、牛の頭では無い。考えてみれば何事も正面から見ての話であって、見る角度が違えば物事すべて違って見えるのは当然の話。「そうかそうか!こう言う事だったか!」この単純な疑問が遅ればせながら四十年以上も経って納得できた事が可笑しくて、自分に呆れながら独り苦笑した。

山行途中、Tさんが桜の枝を指しながら、「蕾が膨らんでいる、開花は近い」と微笑んだ。百花繚乱の美しい春は胎動していた。「日本の春は梅と桜」が似合う。梅は厳しい冬を耐えた草木の中で一番に花開くと古来より云われている。<争わず又、力(つと)めず、自から百花の魁(さきがけ)を占む>と詠まれたり、桜は「桜花爛漫の好時節」と全ての日本人に愛されている。江戸時代の端唄にも<梅は咲いたか桜はまだかいな>とのくだりがある。

上記の「春は梅と桜」に関する事と少し視点が違うが、仏教に関する教えの中に「桜梅桃李」云々がある。各々が特性を発揮する事が美しいのであって、梅も桜もお互いに真似は出来ないし、真似する必要も無い。大切なのは今現在の無垢の自然体だ。無心の草木すらかくの如し、況や(いわん)や人倫に於いておや、人も又かくの如くあれ!お互いに周囲の一人一人を尊重する事が一番大切だと云う教えだろうか。

第一回市民ウォーキング大会で植樹した桜が早く咲いてくれればいい。山岳会の仲間が皆揃って賑やかな楽しい花見が早く出来ればいい。

五剣山から下山解散宣言後、7人のメンバーと屋島山麓の「うどん屋」へ行った。この店は五年前(2001.03)、萩原氏のリーダーで白峰山からの帰路、同行者の多くを案内した事がある。又、2002年春、肺がんで逝った親友の「塚さん」が逝く数日前、「うどんが食いたい」と言うので強引に病院から連れ出し、案内した。店の名前は「わらや」

さて、白峰山からの帰路、「わらや」を案内してくれた女性はその昔、同じ集団就職船に乗って泣いていた高松市在住の同級生だった。今回も5年前を回顧しつつ、楽しい、そして美味しいひとときを味わった。 

五剣山。いい所へ連れて行って頂いた。リーダーに感謝!有難うございました。 

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