小高区(おだかく)                

小高区と云う、聞いた事も無い地名が福島県南相馬市に位置している。

この「小高区」へ6月後半「てごうし隊」の東北支援のボランティアに参加させて頂いた。

我が福山山岳会の参加者は3月の9名と違い、「O・Aさん」と私の二人だった。正確に言えば「もう1人」と云うべきか「もう一台」と云うべきか。
「O・Mさん」が寄贈された乗用車もバスに並走して
1300k彼方の東北支援へ向かった。
1300CC・走行k7万弱、来年三月まで車検が残っている車は私も「F・M氏」も本気で欲しかったが車検証のコピーを見た東北のボランティアセンターからの即断の返事で東北支援が決定した。
当初、私が運転する予定だったが私の白髪頭が気になったのか「てごうし隊」のメンバーが気の毒に思ったか?「若いメンバーが運転しますからバスに乗って下さい」と宥められた。
3月に行った宮城県亘理郡山元町現場の状況は今後、何かの時に報告したい。問題は南相馬市である。

<放射能汚染立ち入り禁止>が解除されたばかりの時期だった。南相馬市小高区は一年四ヶ月前から時間が止まったままだった。
コンビニ・スーパー・商店・GS・往時のままだ、違うのは一点、人が居ない。白昼の街中で人っ子一人居ない。映画のセットでは無い、人々が営々と暮らしていた町そのものである。
ガードレールに乗り上げた車、裏返しのままの車、崩れ落ちたままの家屋、悲惨な現場は枚挙に暇は無かった。更に衝撃的だったのは南相馬市へ入る迄の光景だった。
田畑である。備後地方の田畑と違い東北のソレは広大でとにかく一枚の田畑が大きいのであるがソノ全てが草茫々だった、一年四ヶ月も人が入れなかった、入りたくても入れなかった当然の結果である。

福山山岳会の不文律で<金銭・政治・宗教>に関知すべきで無い事を承知しているが、あえて言わせて頂ければ「原発と人間は共存出来無い」と、身を持って実感した。

今回、南相馬市で唾棄すべき事が有った。「泥棒」である。

「火事場泥棒」と云う許されざる輩が被災地で横行しているのである(報道で承知でしょう)
「泥棒」と云っても<唐草模様の風呂敷を背負い、頬被りして、抜き足差し足忍び足>で銭形平次や遠山の金さんに捕まるような頓馬な泥棒なんて今時いないのである。

今時の泥棒は白昼堂々と爽やかな笑顔でボランティアの服装で事を為すのである。

取り締まる警察官も「鵜の目鷹の目」で不審者を目視して職質する。この場合、不審者か否かの判断材料の第一関門は「見た目」であろう、
人相・雰囲気・風体・しかし、このような「見た目」で判断されると私の場合、最悪的に不利である。事実不利であった。

救いは助手席の「O・Aさん」の存在だった。「てごうし隊の代表・馬場依奈美さん」は言う。<ボランティアだから何をやっても許される。
この考えは絶対に間違っています!ボランティアだからこそ、どんな場合でも法を遵守すべきです> 」                          以上