熊ヶ峰                 

記念事業の末尾を飾る「熊ヶ峰」山行は8/25日総勢100名近い会員が3コースに別れ猛暑の中、笑顔で参加した。この「熊ヶ峰記念山行」の模様は翌日(8/26)の読売新聞に画像入りで報道された。

Aコースに同行した福山支局の記者、長野裕気氏の記事は太字のタイトルで「健脚4000回記念登山」
「1919年発足・福山山岳会」と書かれ、内容は福原会長やリーダーの川西氏の談話の他、
福山山岳会の活動が好意的に記されていた。

 市民参画センターでの100名の祝賀会は幾多の難題を克服し、記念事業の全てが無事に終わったという安堵感と満足感で笑顔に溢れた。4000回記念事業は準備期間を含めると二年近い歳月を要した。福原会長の下、副会長の小林氏、事務局の江種氏、会計の世良氏を始め、多くの頼もしい仲間達は自分の役割を懸命に頑張り、全員の心が一つになって前代未聞とも言える記念事業は事故もなく完遂した。皆様お疲れさまでした。

<前三後一> ぜんさんごいち

祝賀会が終わり閑散とした市民参画センターの一階ロビーの自販機の前で会長と二人座り込んだ。一連の記念事業の中で最大の難関は云うまでもなく824日リーデンローズ大ホールでの「CWニコル氏講演会」だった。

その話の最中、会長がポツンと言った言葉に私は飛び上がった。信じられない出来事が有ったのである。これは福山山岳会員ならばビックリ仰天!驚愕すべき出来事である。

CWニコル氏サイドは福山講演を825日に設定していた。一日遅い!

会長はこの事実をインターネットで知り、即、関係者と連絡、事無きを得たと云う。

気持ち良く酔っていた私はひっくり返った。吐き気がした。しかし会長の話を聞きながら頭の中の冷静な一部分で <前三後一>と言う言葉を思い出した。この教えは法華経に関連した書の中の一節にあり

「獅子王は前三後一と申して蟻の子を取らんとする時も又、猛(たけ)きものを獲らんとする時も勢いを出だす事は同じき事なり <獅子奮迅之力>とはこれなり・・等云々。

教えの主旨は「何事にも全力で立ち向かえ」と言う事であるが、何としても絶対に成功させると言う会長の強い一念がこの事実を知ったのであろう、事実、誰一人として気付かなかった。言い換えれば気付く必要も無かった。824のCWニコル氏講演会は福山山岳会として数ヶ月前に先方の日程に合わせ設定し全ての流れは824に照準を合わせていた。

当日、ニコル氏は本当に来るのか?疑う必要も無かった。どのような手違いが何処で何が原因で起こったのかと言う詮索はともかく、もしも当日になって「一日遅れの明日になりました」となったら・・・・
考えただけでもゾッとする。考えたくもない。

大多数の会員の方は御存知の通り、3年前、彼が会長に立候補の名乗りを挙げた時、広島の地にあり仕事は赤帽の現役という状況では当初、誰が考えても無理だった。しかし百も承知で福山山岳会会長の大役を引き受け福山へ日参の日々だった。山行参加、指導や県岳連の行事、諸々を精力的に頑張っていた。弱音や愚痴は一度も吐かなかった。会長任期期間は福山山岳会の為に、会員の為に精一杯の努力をする決意の表れか。

今回の記念事業の企画立案、全ての陣頭指揮を取り。記念事業でも特に「CWニコル」に照準を合わせた準備は多岐に亘り、大変な労苦を要し、作業も予算的にも会としては大規模なものだった。当初は反対意見や危惧の声も事実存在した。

しかし「何としても成功させる」会長の意気込みは各役員に浸透し一致団結で事に当たっていたのである。

各役員の姿勢は会長にもビンビン伝わっていたからこそ、彼は「獅子奮迅の力」で事に当たっていた。その行動全て <前三後一> そのものと思う。

しかしまあ、よくぞ気が付いたものと感心する。「成功させる」の一念、執念のアンテナが女神の眼に留まったのであろう。「福原さん、ニコル氏のホームページをよく見なさい。片隅に「行動予定」の小さな小さなスペースに有るでしょう?さあ・・そこをクリックして御覧なさい」と女神が微笑み、導いてくれたのであろう、ラッキーと言うべきか奇跡と言うべきか。

<天道人を殺さず> 真剣に努力した者を天は見捨てない。

当日、CWニコル氏が福山駅に着いたのが夕刻555分、会長が迎えに行き、会場に着いたのは講演開始時刻の20分前だった。私は「CWニコル氏」は世界的に有名人なので流石に忙しいんだな、分刻みの行動だなと感心していたが事実は違っていた。当日ニコル氏は昼食も夕食も摂らず福山へ駆けつけたのである。講演後、役員数名との夕食会があった(各自負担)。当初ニコル氏は「疲れている」との理由で夕食会は欠席予定だったが少し遅れて来てくれた。

ニコル氏は「本当に疲れていたので食事会を欠席しようと思っていたが、今日の会場の雰囲気も全てが素晴らしかったので」と終始笑顔だった。秘書の方の話しを聞けば、彼は講演の前の1時間くらいは必ず楽屋の控え室で誰とも話しをせず、瞑想に耽るという。

ニコル氏は諸々の談話の最後に「福山山岳会の皆様、是非一度、黒姫のアファンの森に来て下さい」と温和な表情で微笑んでくれた。

機会あらば「黒姫のアファンの森」へニコルさんに逢いに行きましょう!


                                                      戻る